甘味処

備忘録

最近悩んでる性別の話

 

自分の性別について考える癖があるんですよ。

ある意味、趣味みたいなもんなんですけど。

ほとんどは疑問で、何で自分は女なんだろうとか、本当に女なのだろうかとか、ぼんやりしてますけど、そんな感じのことを考えちゃうんですよね。

 

だんだん自分が抱く疑問の輪郭が見えてきたきっかけは、男性の方とお付き合いさせていただいたことだと思います。本当に短い期間です、経験があると言うのもおこがましいくらい。

相手の方には正直、迷惑をかけてしまったと後悔するばかりです。

自分は確実に好意を抱いていると思った上で気持ちを伝えて、向こうも同意してくれました。ですが、自分の思いが叶ったことが嬉しいはずなのに、いざ関係がスタートしたら、「とんでもないことをしてしまったかもしれない」と思い始めていました。

向こうは男性だから、リードしてくれたりご飯屋さんで奢ってくれたり、私は女性だから、一生懸命可愛くして味方でいるように努めて。そんな役割分担があるように思えて、苦しくなりました。

結局、関係を解消するに至った理由は他にもたくさんあるんですが、自分の性別を考えることに繋がったのはこの部分だったと思います。

 

生きていく上で、考えなくても支障が出ないことってのは少なからずあるじゃないですか。その一つだと思っているんですけど、性別って。

少なくとも私は、こうして疑問に思わなければ、生まれてきたままの性で、何の違和感もなく過ごせたと思うんです。家で、学校で、その他いろんなコミュニティで、女として認識されていることに対しては、嫌悪感はありませんでした。

強いて言えば、周りに女性が多い環境にいた時間が長いかもしれません。加えて、少しボーイッシュでかっこいい印象の人に対して憧れを抱いていた部分があって、自分もそのような容姿を目指していた時がありました。それこそ、憧れの対象であった人らを女性として認識していましたけど、本人に聞いたわけではないので、別の性を自認していた可能性もあります。

 

何が女性らしくて、何が男性的なのか、そういう話にもなってきますけど。

女性として認識されることが特別嫌なわけではない、というのは分かっています。だけど、女性としての役割を担ってくれると期待されると、途端に拒否反応が出てしまうんだと思います。私は、誰かのために女性として振舞っているわけではない、という感覚ですかね。

将来について話すときが一番苦しいかもしれません。年齢のこともあり、親戚からは、良い人を見つけて家庭を築いて子供を産むということを期待されていますし、私自身がそれを望んでいるかというよりも、必然的にきっとそうなるんだろうと思われていることがあり、居心地が悪くなります。

男性のようになりたい、男性的なものに憧れを抱くという感情もたまにあります。丸みを帯びた体より骨ばった筋肉質な体でいたいと思うことがあるし、男性同士がわいわい楽しそうにしていると、その輪の中に入りたいとか、自分も同じような関係性を誰かと築きたいと、羨ましく思います。

ですが、こうした憧れとは裏腹に、自分の体はどんどん女性らしくなるし、男性の集まりに入ることができたとしても「あなたは女性だもんね」と距離を置かれてしまいます。そこに、ストレスを感じることは少なくありません。

 

女性として振る舞うこと、男性らしくいること、どちらに対しても譲れないほど強い感情があるわけではなく、中途半端で決めきれていないことに、もやもやしています。

さまざまな性の在り方に対して社会が比較的寛容になってきたと思います。男なのか女なのか、そういうことは関係ないし、決めなくても良いという考え方も普及していると感じます。実際に著名な方で、性別を、どちらにも当てはまらないとしている方もたくさんいらっしゃいます。

そういう社会であるはずなのに、性別が決まっている方が何かと便利ではあるんですよね。

今のところ、女性用のトイレを使うことが辛いとか、女性として区分されることが嫌だということは無く、生活に支障が出るほどでないとも言えるので、自分の認識と、それを周りにどう伝えるかというところが、一番の悩みなのかもしれません。

 

ずっとずっと、もやもやしているのも体に良くないと感じ始めているので、また機会があればこんな形で文章にしてみようかと思います。いろいろ調べてみたいし。頑張ります。